瞼をそっとうすく、開く。目を覚ますのはいつも怖い。目覚めたばかりの頭では、私は今、危険なのか、そうでないのかわからないからだ。私は薬を飲んだばかりのようで、口の中に粉っぽい味が残っている。おそらく暫くしないうちにもう一度眠りに落ちるだろう。 ほっとした。私が薬を飲まされたということは、もう終わったということだ。血にぬれた夜はもうじきあける。私はもう眠たくて、くらくらして、瞼を再び閉じようとした。その時私が無意識に抱いていたものを、ぎゅっといっそう強く抱きしめて、そこでやっと腕に感じる人間の感触に気がつく 首筋を悪寒が撫でつけて、おそるおそる上をみると、やはりいた。この家には彼と私の二人きり。だからそこにいるのは必然的に曽良君だ。私の、息子だ。私は息子が怖い。夜は特にそうだ。もし身体さえ動けばきっとここから逃げ出したいくらいに。しかし追いかけられて捕まえられて、そのあとのことを考えた時のことを考える方が怖かった。彼は私の息子でありながら、飼い主で、時には最高に飢え渇いた捕食者でもあるのだ。 曽良君が私が起きたことに気づいたらしく、視線が落ちてくる。暗くて表情がよくわからない。呆然としているような輪郭だけがうかびあがっている。どうすればいいかわからずにいると、ぱたぱたぱたっ、と水の音が鳴った。私は目を見開いた。ぐるぐるした強制的な眠気が一気に醒める。 信じられなかった。曽良君が泣いている。 彼の泣き顔には何もなかった。表情の欠けた顔に涙が流れ続けている。ゆるやかなのに止まることはない。彼の泣くのを見たのはもうはるか昔のことだ。その頃と比べると、ずいぶん変わり果ててしまっている。私は本当に驚いて、だけど同時に、この子は私の息子だなあ、と思う。体内を渦巻いていた真っ黒な恐怖が蒸発するようにぬけていった。曽良君は、いくつになっても私の子供だ。私は腰に巻きついたままで、その背中を撫でる。慰めるつもりで。 私は、曽良君がほしがる風には愛せない。ほんとうは曽良君もわかっているのかもしれない。それは私の想像にしかすぎないけれど。私は彼の心を見透かす力をもたず、曽良君という生き物を理解できない。だけど彼のこんな姿を見ていたら、逃げられないと思う。曽良君を置いていけない。だって私一人逃げ出して、私だけが助かって、この男はそのあと、私がいなくなったあと、この男は、 曽良君は、どうなる……? 死ぬほど胸が痛くなって、思わず私は抱き締める力を強くした。うなじのところに涙が落ちて、われていった。泣くんじゃない。泣くんじゃない。私はそのまま愛しいこの大きな子供をなだめ続ける。大丈夫、逃げて行ったりしない。ここからいなくなったりはしない。君を一人にしてたまるかよ。私の頭の中がまた眠気に揺らぎ始める。ここで眠ってもう一度目を覚ました時には、私は地獄へ落ちるまで曽良君の名前すらも思い出せなくなるだろう。だけどそれでも、逃げ出すための足の力を奪われた私は、曽良君から逃げたりしない。心配することなんてなにもない。そう彼に伝えるために私は曽良君の背中を撫でつづける。言葉にできないからせめて身体を使って言いきかせたくて。 曽良君はその間ずっと、座ったまま死んでいるみたいだった。 朝がまた、静かにせまってくる。それの気配が強まるにつれて、なでる私の手の動きが緩慢になっていく。目覚めた時と同じようにそっと瞼を閉じながら、私は胸の中でもう今となっては叶いはしないだろう理想を胸にちらつかせた。 普通の親子に、なりたかった。って。 |