電気をつけた。明るみに晒された部屋は、やぶれた服と彼の血と僕の精が布団に散っていて、赤と白のにおいに満ちている。部屋の隅の方で、僕の父がうずくまったまま動かない。何年も繰り返してきたことだ。僕が父を犯すのは毎夜のことで、もう習慣じみて毎日が規則正しい。
 彼の首根っこを掴んで起こすと、ごぼ、と口から白いものがこぼれた。口元から落ちていくそれを見ていると寒々しい虚しさにおそわれる。毎日の意味をとうとう見失いそうだ。風呂行きますよ。汚いから。父は何も言わなかったが、別に構うことはない。立ちあがらせると、水滴が落ちる音がする。その正体を悟りながら、それをわざと見ないふりをして、重い身体をほとんど引きずりながらつめたい廊下を歩いていく。見たら思い知ってしまう。
 僕のやっている事は、こんなにも無意味だと。










 温い湯につからせて、この人の髪を洗っている。髪を洗われている間も父は何も言わずに目線をどこかへとやっていた。髪についたものが全て落ちるように、僕は毎日僕に汚されたこの人を洗う。あれほどまでに求めていたというのに、この人の裸体を見ても何の感情もなかった。それにしても、また痩せた。最近病院へ行くと点滴をすすめられることが増えてきた。このままだといつか骨と皮だけになってしまう気がする。そうなる前にこの人は死ぬかもしれないけれど。
 僕は思考を打ち切ってこの人の髪を洗い続ける。




 あれだけ汚くしておいて、何をやっているのだろう。不毛な行為を、こんな風に何年も行い続けて、何がしたいんだろう。父親を犯すことによる背徳感を味わいたがっているのだろうか。理由はどうあれ僕は、この証拠隠滅のような作業をやめることができない。多分どちらかがいなくなるまで。

 蛇口をひねるとシャワーが噴き出す。髪の泡を流していると、この人がうつむいて顔を覆った。目に入りますよ、と言おうとしたらわあああああああと響いた声で空気がゆがんだ。この人が泣いたのだ。いきなりだったので少したじろいだ。うるさいな、近所迷惑でしょうが。僕がこの人の頭をかるく叩くと、水がはねて顔に飛んだ。うわあああああああああああ。この人は泣き続ける。声を上げて上を向いて子供みたいな乱暴な泣き方をしている。僕はため息をひとつ吐いて、もうどうでもよくなってこの人を泣かせておいた。どうせこの人が気のふれた人だということは近所に知れ渡っている。今更苦情もこないだろう。
 さんざん泣き叫んだあと止まらない嗚咽に溺れるような、息苦しそうな呼吸に混じって何か言っている。















 曽良君。













 ……はい。
 彼が僕に許しを請うているとき以外に名前を呼ばれたのは久々だったので、答えた声はどこかおかしかった。彼は、両手で顔を覆いながら、僕を何度も呼ぶ。明るいうちは決して呼ばない僕の名前を。僕がこの人の首に腕を回すと、彼が身体をかたくした。僕は答えるようにおとうさん、と小さくつぶやいた。




 本当は名前を呼びたかった。しかし夜になると記憶から    さんの名前が欠落している。どうしても思い出すことが出来ない。だから仕方なくおとうさん、と呼び続けるしかない。僕だけが使える、このひとの別の名前。










 日が暮れると、僕はいつも父の名前をわすれている。