最初は若年性アルツハイマーではないかと疑われたが、幾度も色々な所で検査を繰り返した結果、彼の脳に異常はどこにも見つからず、おかしくしているところはレントゲンやCTスキャンにはうつらないところだと消去法で判明した。この僕が手を引いている一人ではなにもできないこの男は、大変遺憾ながら僕の父である。精神神経科と書きつづられたその病院の看板は、いつもにごった白だった。




 芭蕉さんはいつも朝から日中にかけては寝ぼけて呆けているので、医者とのカウンセリングも聞き流すばかりらしく、医者と話す時間はいつも彼よりも僕の方が長かった。うとうとしながら芭蕉さんはいつものようにドアの向こうからふらっと出てきて、次、……きみに来てほしいんだって。と告げる。明るいうちの彼は僕の名前をしらない。僕は軽くうなずいてドアに手をかけて、開く寸前少しふりかえって芭蕉さんを見た。長椅子の僕が座っていたところと同じところに腰かけて、時折首をかくんと傾けて、そのまま寝入ってしまいそうだ。ドアが閉まる。








 おとうさんの具合は如何ですか、と茶色のセーターを着込んだ医者(どうやら話しやすいようにという配慮で、白衣は着ないらしい)が、関口一番僕にそう尋ねたので、変わりがないことを伝えた。毎日変わりなく僕の名前を忘れていて、日中はずっと眠っていて、夜は寝ないこと。悪化も回復もしていないということを、いつものようにできるだけ丁寧に話した。薬はよく効いているか尋ねられたので、こちらは割と適当に話した。処方されている薬の名前を適当にあげて、あれは効かないようですが、あれはよく効くようです。医者は出したばかりだから、飲み続けないとまだ効かないのかもしれないねーと間延びした口調で言いながら、隣のデスクに置いてある紙に丁寧にドイツ語でさらさらと何かを書き記している。僕の一言一言をもらさず記録するように、白い紙の上を文字が走る。




 芭蕉さんの毎日の話題は非常に盛り上がらない。実に規則的で変わり映えがしないからだ。軽い世間話を社交辞令のように交えて、その日の診察も終わった。医者が必ず尋ねる質問。どうしておとうさんは君のことだけをわすれているんだろうか。その語りかけるというよりも独り言のような疑問に、僕は今日も分かりませんと答える。





















 芭蕉さんはやっぱり居眠りしていた。頭を軽く叩くとぼんやりとした眼差しを向けたので、思わず分かりやすいほどのため息がもれた。すると先ほどまで眠そうにしていたことが演技だったかのように、芭蕉さんははじかれたように顔をあげる。もう終わったんで、薬貰ったらさっさと帰りますよ。その言葉に芭蕉さんは髪を振り乱す勢いで首をふった。
 処方箋の内容はとくに変わりはない。










 帰り道、珍しく芭蕉さんがちゃんと歩いているので手は引かなかった。僕の少し後ろをつかず離れずの距離で歩いているのを背中に感じながら、歩調をゆるめることもはやめることもせずに歩いた。唐突に小さな声が背中にぶつかったので、立ち止まってからどうかしたんですか? と訪ねた。彼はもう一度、今度は少し大きな声で僕に聞こえるようにつぶやいた。怒ってる……? 芭蕉さんの肩はふるえている。何となくそれを見ていたら答えわすれて、その間を肯定と受け取ったのか、その表情がゆがんでいく。怒らんといて……。懇願するようにささやく。今にも泣きそうだ。
 陽はまだ高く、明るい、のに。




 まだ、そんな表情をしては駄目だ。




 怒っては、いないですよ。僕がそう言うと彼は本当に? 本当の本当? 嘘じゃないよな嘘じゃないだろと上目遣いで僕を見上げて早口で言う芭蕉さんに、ばかばかしいやりとりだと思いつつも嘘じゃありません。本当に、怒っていませんよ。と彼の目を見て言い聞かせる。それをもう二、三度繰り返したところでようやく信じたようで彼が安堵したように、息を吐く。









 今日も夜は来るのだと、暗い予感が胸をかすめた。










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