「 そういえば曽良君って全然笑わないなあ 」




 昼食の時に、芭蕉さんに頬に米粒をくっつけたまま聞かれた時、妙な既視感があった。そのあとにいつ笑うの。海の日? と続けられて、はっきりと思い出した。この人は以前と同じことを聞いている。




「 ちょっと聞いてる? ねえ曽良君っていつ笑うの? 」
「 …………。とうとう…… 」
「 え、とうとうってなんだよ 」
「 なんでもありません。もう年だから仕方がありませんね」
「 年じゃないよ! なんでこの流れで年の話になるの? 」


 これ以上、このやり取りを繰り返しても不毛だと悟ったので、僕がそこで黙りこむと芭蕉さんも釈然としない顔をしていたが、何も言わなくなった。言わないせいでその視線がいやにまとわりついてくる。じいっと、芭蕉さんがこちらを見ている。これは今だけではなく、朝からだった。何が気になるのか、やたらと人の顔を見つめてくる。しかしこの人の奇行などいつものことだ。慣れている。そう思った矢先、音もなく頬へ伸びてきた指先を、僕は咄嗟に叩きおとした。


「 イテッ 」
「 さわらないで下さい 」


 米粒でべとついた手でさわられるのは嫌だ。芭蕉さんはチェッと芝居がかった舌打ちをひとつして、自分の指先を擦りあわせている。




「 君は泣きも笑いもしないからさ 」
「 ……そうですね 」
 その辺りについては、自覚していることなので特に否定はしない。
「 さわってみたら硬いのかと思ったんだよ 」
「…………」


 この人と二人きりでいて、ともに過ごしていると度々思う。
 馬鹿なのだろうか、この人は。








 やすい手を使いたくなった。ふと使い古された手で、この人を騙してみたくなった。騙すというよりは、試したかったのだ。この人は一体どれほど愚かなのだろうかと、強い好奇心が溢れだした。服の袖を軽く引くと、芭蕉さんはこちらをぱっと向いて、意味を問うように眉根を寄せる。


「 今、笑っていますよ 」
「 へ? 」
「 分かりませんか。今笑ってます 」
「 はあ? うっそだあ、全然変わらないじゃないか 」
「 ちゃんとよく見て下さい 」
「 んー……? 」


 そう言うと芭蕉さんは目をほそめて、僕の肩に手を置いて顔を凝視した。視線がますます強まっていき、皮膚を焼かれるような錯覚を覚えたところで、殆ど噛みつくように口づけた。昼食のおにぎりに入っていたのか、しぐれの味がした。うなじに伸ばした手で、息が止まる声を聞く。腕の中の身体は一瞬でこわばった。







 間近で見た芭蕉さんは、呆然と目を見開いたまま時が止まっている。余程驚いたのか呼びかけても答えない。頬をつねると、心なしか熱い。しかしちゃんと人間の感触だ。
 まさかここまで綺麗に引っかかるとは思わなかった。こんなありきたりの手口にまさか引っかかるなんて、人を疑うことを知らないのか、僕を疑うことを知らないのか。どちらにせよこの人は馬鹿だと思う。本当に、本当に、この人は信じられないくらいの馬鹿者だ。面白い。








 芭蕉さんはそれきりしばらく固まったままだった。僕が置いて行きますよと告げても、そして本当に置いて歩きだしても、振り返ってみればまだそのままそこにいる。く、と喉が鳴った。仕方なく僕は芭蕉さんのもとまで戻って、首根っこをつかみ、引きずりながら歩きはじめる。









一瞬をしらない。






( 僕すらも気付かない )















 2009年海の日! なんとか間に合いました!
 去年の海の日は、かなり暗くて苦いものをあげてしまった分、今回はなるべく明るくて甘めにしようと思ったのですが、本当によくある手口になってしまった。ちゅーは大好きです。甘いのも実は大好きなのですが、消費エネルギー半端ないですね……!


 海の日に幸あれ!






×××