性質の悪い嘘を吐いた。




 よくよく考えてみれば結果は知れたことだった。冗談だと笑うのには真実味を帯びすぎていて、その上不謹慎で、本当に、性質の悪い冗談としか思えなかった。


「 ごめん 」




 曽良君が疲れて腕を降ろしかけたころ、私はやっとそう口にできる。口いっぱい、血の味がする。顔がひじゃけそうな激痛は、徐々に鈍く形を変えていく。熱を帯びながらそれは余韻となっていく。


「 そんなにあなたがさっさとその短い余生を終わらせたいっていうんなら、 」
 柱の角に叩きつけられた時にやったのか、割れた額から鼻筋を伝い、流れてきた血を曽良君が指ですくいとる。
「 僕がやっても、いいですよ 」
 脅迫めいたことを言って、長い指が喉の奥まで延びてくる。
「 僕が、あなたを 」
 自らの血の味を教え込むように、指が舌をかきむしる。
「 殺してやってもいいんです 」
 息は苦しく、あちこちは痛んで、
 私は叶うなら許されたがっていた。















 死んだふりをした。
 たまたまいつも先に起きる彼よりも早く起きることが出来たので、ほんとうにただなんとなく死んでみることにしたのだ。
 顔を白い布で覆って、きちんと布団を正し、入る棺を待つ自分を想像しながらじっとしてみる。
 思ったより長い時間曽良君は起きてこなくて、こんなことはもうやめよう、とちらついたが、それでもその死んだふりを続けるうち、不思議と神聖な気持ちになってきて、もしかしたら自分は本当に死んでいて、そろそろ葬られる気がし始めた。動けなくなってしまった。




 この姿を彼がみたら、どうせ彼は呆れて舌打ちの一つでもこぼして、何馬鹿なことやってんですかとか言われて、いつものように蹴り起こされるのだろうと思っていた。ふざけてないでさっさと起きて下さいとか、血も涙もないことを言うのだと。私が死んでも、曽良君はきっとそうなのだと、思っていた。曽良君に両肩を掴まれて抱き起こされるまでは。




 乱暴に掴まれた両肩に爪が食い込んでいた気がする。あまりに驚いていたから、痛みは感じなかったし今も思い出せない。私の身体をしっかと掴んだまま動かないこの男の顔は、完全に色を失っていた。あまりの温度差に怖さを感じて震えたほどだった。私の知らないところでなにか重大なことが起きたのかと思って頭が真っ白になる。鬼がここまで青ざめるなんて、どんな恐ろしいことが起きたのかと。
 架空の恐怖に凍りついていたから、逃げるという発想は微塵も浮かばなかった。








「 ほんとに、悪かった、よ 」


 引き抜かれた指が唾液で濡れて光っている。私の涙でそれはぼんやりとゆらめいている。
 曽良君の表情が分からない。だからこそあの時の見開いた眼が、少し荒れた呼吸が、血の気の失せた肌が、ずっと頭からはなれてくれない。あんな顔を、あんな顔をさせたかったわけじゃない。
 私は、自分の身体から滲み始めている死の気配を意識することを、忘れてしまっていた。


「 君がそんなに怖がるなんて、思わなかったんだ 」


 条件反射のように彼の手が跳ね上がって、私は思わず身をすくめたが、既に気力を使い果たしたのか、結局それは振り降ろされなかった。私はおそるおそる目を開けて、涙が流れて見えやすくなったその眼で、改めてその顔を見つめ返したら、
「 ……でも君が泣いてくれたらちょっと嬉しかったかも知れない 」
 そう口をすべらせてしまって、私は今度こそ殴られてしまった。そして曽良君は注意深さを感じるくらい静かな押し殺した声で、長い腕で身体を縛りながら、何か言う。






 私には、もう何も聞こえない。
















死んで






花実






咲くものか。


















四月頃から放置されていたというかわいそうなお話です。
実は書き上げてさあ上げよう、と思ったのがエイプリルフールでして、内容が内容なだけに先延ばしになりました。でも直すとこいっぱいあったから上げなくてよかったかもしれない……w


タイトルは有名なことわざなので、「花実」で変換したらPCが例文として出てきてしまいました。




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