※ちょっぴりエロティックです。














 曽良が部屋の灯りを消した。突き落とされたように暗くなった。徹底した闇に沈められた芭蕉は、その不可解な行動に戸惑いつつも、曽良を見失わないように耳をすませている。
 冬の夜は、音までも冷たく凍りついていると感じるくらい静かだ。曽良はあまり声を出さない男だ。息遣いさえひそやかで感じとることができない。気がつけば足元で孤独が口を開けていて、声に出して聞いた。曽良君、いる?


「 いますけど 」


 その声だけが部屋の中くっきりと浮かび上がって、寒さが一段と増した気がした。身震いしながら腕をさすってしのぐ。もう何も言わないことにした。そうした方がいい。身を任せてなすがままになった方がいい。芭蕉が諦めて口をつぐむと、それきりまた音が途切れる。曽良はずるいと思う。光を奪っておいてこうしていなくなるなんて。


 吐きだしたその息が煙っているのがわかる。晒された素肌に冷気をあびて、全身が痛みはじめる。呼吸していると肺から凍っていくようだった。きんとした痛みにふるえていると、なぜか殴られた時のことを思い出した。この痛みとあの痛みはまったく違うのに。火傷するほどの焦げたあの痛み。むしろ対極ですらあるのに。
 触れてくる曽良の手が冷たくて皮膚が粟立った。思わずねじるような悲鳴が喉から漏れた。
「 気色悪いです 」
 すかさず平手がきた。その手もやはり冷たく、氷に打たれたかのようだ。頬をかばうようにおさえる。
 対極の痛みがそこからじわりと生まれる。





「 曽良君、寒いの? 」
「 ええ。寒いですよ 」
「 寒いから、私にこんなことするんだ? 」
「 まあ、そうですね 」
「 ところでそんな凍えた弟子に着物引っぺがされて冷えてる師匠について、君はどう思う? 」
「 …………… 」


 無視された。少し予想外で泣きかけた。返答の代わりに肩を舐められる。舌は不思議なほど熱かった。そこが濡れたせいで寒さが強まる。首の後ろに腕をまわされ、冷えた身体を慰めるように胸に顔を押しつけられて、芭蕉は苦しかった。息苦しさの中で、曽良のそのすがたがどこか新鮮に思えた。冬のようなこの男でも凍えるのか、と。








 目を閉じて、二人してなにも言わないままでいれば探せなくなりそうなくらい、曽良はこの空気の中に紛れ込む。この身体中切り裂くような、音さえも凍らせる、乾いた冷気の中に。似ているからだ。
 この空気と曽良はとても似ている。
「 ……どうしました 」
 急にしがみついたので、曽良が怪訝に思ったのかそう訊いた。
「 寒いんだろう、君 」
 答えられたのはそれだけ。曽良に倣って寒さを言い訳にする。曽良は興味なさげにそうですか、と呟き、お互いにこうしているのは寒いからで、それ以上何も深い意味はないと確かめ、言い聞かせあった。曽良がまた、芭蕉の身体に手のひらをすべらせる。芭蕉のほうは歯を食いしばって、ただ曽良にしがみつく。これからやってくるだろう痛みと寒さとは違うなにかから耐えるついでに、気を抜けば見失ってしまいそうな彼から離れないために。












光も音もない世界で見つけた幸福






( 絶えず確認しなくては安堵できないくらい心もとないそれを、どうかなくさないように )


















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(光も音もない世界で見つけた幸福)







お蕎麦のwebアンソロジーというなんっとも心導かれずにはいられない素敵企画「雪花純真」様にまんまと紛れ込んだ上、出来上がったものは煩悩を隠しきれぬものでした。今思うに大変罪深いブツです。ちゃっかり自店に再録してしまいました。




寒いって最高の言い訳ですね! あっためあえるもんね! と終始思っていた気がします。除夜の鐘を何度聞けば払えるかなこの煩悩。私はどうにもならない気がする。でもすごく楽しかったです……。うっきうきでした。参加させて頂き本当にありがとうございました!





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