「 知ってたか妹子。初めてのキスの味は、レモンの味だそうだ 」




 気持ちの悪い発言をしだしたこのおっさん、もとい聖徳太子を、僕はおにぎりを咀嚼するのを暫く中断することにして見つめ返した。頬の筋肉が引きつるように痙攣しているのがわかる。「ちょ、お前……! なんて顔をしているんだ、そこまで引くことないだろ……!」と太子がコメントするまで、自分がどんな表情をしているのかまるきり見当がつかなかった。諸悪の根源はあなたです太子。


「 あー気持ち悪かった……。おにぎりが出るかと思いました 」
「 コノヤロー。それよりも妹子、私は気づいたぞ。大発見! 世紀のロマンチストの大発見! 」
「 そですか 」
「 あれ、それだけ? 『 ワァさすがビューティフルな太子ですね! とっても気になるイモ! 是非教えて下さいよイケメン太子! 』っていうのは? 」
「 …………。あんたの中の僕のことはこの際置いといて。どーせ尋ねても『 お前のような芋には教えてやらんわ! ウェッヒッヒ! 』とか言い出すだろうから、聞くだけ無駄ってやつですよ 」
「 お前の中の私こそなんなんだよ!? チクショーせっかくいいこと教えてやろうと思ったのに、この芋野郎! 」


 ムキー! と耳から湯気を出しながら頭なり肩なりボカスカ殴ってくるので、六発目あたりでいい加減にしろ! と一喝しつつ拳を突き出したら見事に太子の顔面に直撃してしまって、ブルボン! と叫びつつ飛んでいってしまった。薄っぺらい体系に見合う軽さだ。少し迷ったけれどやっぱりその後を追いかけて、恨めしげにこちらを睨みつけて、半泣きとなっている太子にとりあえず頭を下げる。


「 大丈夫ですか太子……。すいません、太子が朝廷内で最弱ってこと忘れてました 」
「 大丈夫なわけあるかこの筋肉オバケ。今夜シャンプーする時抜け毛の多さに気づいて悩め。私は最弱じゃないもん! 武道会で妹子に勝ったもん! 」
「 それで、発見ってなんのことです? 」


 僕がそう尋ねると、太子はそうそう! と言いだしっぺのくせして今思い出したかのように起き上がってなぜか正座した。何となく僕も座った方がいい気がしたので、僕も向かいに正座してみる。客観的に見て絵的にどうなんだろう。
 太子はその一瞬で先ほどのことは全て忘れてしまったようで、単純だと呆れるべきか、扱いやすさを評価してやるべきか迷った。




「 初恋が叶ったらどうなると思う? 」


 本当におにぎりが出るかと思った。


「 またさっきの顔だな妹子 」
「 おっさんがそういうこと言うと妙な破壊力がありますよね……。うえー 」
「 何、吐くの? 大丈夫? で、話は続くけど 」


 はいはい、と適当に相槌を打って、僕は膝を崩してあぐらをかいて、何も考えず次の言葉を待った。話を聞けているかも怪しかった。初恋が叶ったらなー、という言葉の前に勿体ぶるような間をおかれる。どうせ太子のヤツのことだから、初恋が叶ったらハッピーラッキー人生バラ色のワンダフル! みたいなそんなところだろくだらな「 呪われるんだよ 」い。


「 え 」と発音したつもりだが実際は“へ”に近い。




 呪われるんだよ。
 あどけないしたり顔には似合わない、憂鬱な言葉だ。目の前のアホはまるで一本取ったかのごとく、にやついた視線をよこす。僕の方はそれを上手く直視できなくなっていった。心が反応に困っているうちに、どういうことですか、と口は勝手に質問を紡いでいた。


「 だってさ、初めてなんだぞ? 予習も復習も全くないぶっつけ本番だぞ。上手くできるはずがない。恋が叶っても、加減がきくはずがない。相手の都合お構いなしに、愛して愛して愛しちゃうだろ。相手の全部が欲しくなっちゃうだろ。いらないことで苛々したりして、始末におえなくなるだろ。 」
「 はぁ…… 」


 何故背中を冷えた汗が流れてゆくのだろう。太子の戯言に僕は一体誰を重ねているのやら。僕は何もやましくない。太子の語りの一言、一言に震え、怯える筋合いなど、どこにもありはしない。それにしても、まったくこの人は。あどけない顔でたまにこういうネガティブ極まることを言い出すんだよな。


「 そんな気持ちで上手くいくはずがないじゃないか。なぁ、妹子。どーせお前のことだし身に覚えあるだろ? 僕と一緒にツナ食べて下さい! とか言っちゃって相手に引かれたことあるんだろ? 」
「 ありませんよそんな事…… 」


 あってたまるか。いつもなら軽く出てくる言葉が、今はどうしても出てこない。なぜ僕はこれほどまでに調子を狂わされているのだろう。太子の表情を横目で盗み見た。得意げに目を輝かせて、褒めてほしがっているような、子供の表情だ。いい年したおっさんが浮かべるべきじゃないぞそんな顔。


「 まあそれはさておき、そんな行き過ぎた行き止まり知らずの想いなんて、恋って言うより呪いっぽいだろ 」


 そうかも、知れませんね。
 僕はもう、その言葉を口にしたかどうかさえ分からなくなっていった。確かにそれは一理あるかも知れないけれど、どうしてそれを親に報告する子供のように僕に語るんです。なんで、なんで、そんな目で、あんたはそんな話を僕に語るんですか。










「 しかしスーパーイケメン摂政のこの私! すでに初恋は経験済み! もう既にラブのプロだ、まいったかこのおい 」
 僕は衝動的に太子のでこっぱちを引っ叩いた。
「 額が爆発した! 」

 額をおさえて太子がこちらをむく前に、体重をかけて頭を押しつけて、やわらかい身体をぐにゃりと一礼させた。顔さえ見られなければもうなんでもよかったのだ。痛いとか腰が折れるとかやめろとかお前のモミアゲ全部カイワレになれとか、暴言が耳からすり抜けて、すり抜けて、ひとつも届いてこなかった。

「 あんたのそういうとこ…… 」

 すりきれたような声に一瞬戸惑って、僕は言葉を切る。その時僕は、かろうじて呼吸していると言っても過言ではないくらい、苦しかった。太子はそこで僕がおかしいことに気づいたようで、ぴたりとこちらを窺うように抵抗をやめた。

「 たまにですけど、死ぬほど憎いです…… 」


 その背中に握りこぶしを押し当てて、うなだれるように顔を伏せた。太子が喋る声が、ささやかな振動を伴って身体に直接響く。






「 妹子、お前怒ってんの……? なんで……? なんかごめん…… 」
「 別に、太子は謝らなくていいんですよ 」
「 ええ、そう? ところでそろそろ腰の骨がポキンといきそうだから、どいてくれない、妹子 」
「 ………………………。くさい 」
「 そんなに小さな声でくさいってお前……! ってゆーかお前摂政になんてことしてんだ! いいからどけ! ウヒー腰が折れる〜〜! むしろくだける〜〜! そしてやがてはとけてなくなる〜〜! ギャ〜〜〜! 」



















初恋叶えば。

























 思い返せば、もう随分と前からのことだ。
 僕はこの人に呪われている。






















 初恋ってよくよく考えてみるとヤンデレフラグだよなあ、っていうのをぼんにゃり思って、なぜか妹太に混ぜ込んでしまいました。ちなみに初めてのキスのry は妹子を引かせたいがために言わせただけです。
 なんだか妹子がツッコミを放棄気味だ……! 頑張れ私の中の冠位五位!










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