その少女を見つけるとき、真っ先に彼女の飼っている猫が目に入る。しなやかな後ろ姿の、真っ白な猫だ。その子の黒髪は、十年間死にながら歩きまわったせいか、少しぱさついている。草原でねっ転がっている私を見つけて、足もとの猫を抱きあげ、小走りでかけてきた。


「 イカさまー! お菓子ちょうだい 」


 イカさま。
 イカさま?
 予想外の呼称を用いられて、置きかけた身体が重りを乗せられたように倒れた。仮にも閻魔大王に友達感覚でお菓子ねだってることはひとまず置いといて、イカさまって。すぐに自分が呼ばれてるって理解出来てしまうあたりがものかなしい。


「 あのね、なんで人を博打のズルみたいな名前で呼ぶの 」
「 鬼男さんに閻魔大王さまのことはイカって呼ぶといいって言われたんです。イカさまはえらい人だから、イカさま 」




 それは予想通りの答えだけれど、それでも秘書の私に対するこの扱いは、あんまりだと思う。彼の言葉をただ鵜呑みにしただけである眼の前の少女には罪がないだけにあまりにもやりきれない。私はそれ以上深く追及はしないでおいて、少女が抱いている白い猫の喉を撫でた。白猫はゴロゴロと喉を鳴らす。イカさま、なでるのうまい、と彼女が気の抜けた感じの声をあげる。
 少女の表情や身にまとっている空気だとかそういったものは、いつもゆるゆるしていてつかみづらく、人を引きずる威力をもっていた。

「 ねえイカさま、私にお菓子ちょうだい。くれなきゃイタズラします 」
 おまけにこんな風に言ってることに脈絡がないし。


「 イタズラってなんで……? この前みたいにすごく怖い顔で枕もとに立つとかやめてよ。あれのせいでオレ、一週間くらい夜トイレに行くの怖かったんだから! 」
「 いいえ、鬼男さんにイタズラして、それをイカさまのせいにします 」
「 だ、ダメー! それだけはダメッ! 」


 真顔で少女はあどけない脅迫をするが、それは本当にシャレにならない。鬼男君はこの少女を微塵にも疑わず私を成敗しに来るだろう。少女は彼の怖さを知らない。







「 イカさま、ハロウィンって知ってる? 」
 寝そべる私の隣に膝を抱えて座った少女が、私を見下ろして尋ねる。
「 ああ知ってるよ・・・・・・。もしかしてお菓子ちょうだいって、それ? 」
 私の言葉に少女が表情をゆらさないままこくりとうなずいた。


「 私そういえばやったことないなあ、って。やってみたいな、って、思ったんです。本当に、唐突に 」
「 変装してないから分からなかった 」
「 私、幽霊だからいいかなって思って……」
「 なるほどねー。それにハロウィンにはまだちょっと早いよ 」
「 そうなの? 死んでると分かんない。天国はいつも晴れてるもん 」
「 地獄はいつも曇ってるよ。行ってみる? 」
「 いいの? 行きたい! 」
「 えっ……。冗談だよ 」


 私の一言で輝いていた目が一気に沈んで行った。思わず振り上げた両手が、するするとゆっくり下がっていく。この少女は、なぜか地獄を恐れない。なぁんだ、と唇が揺れて、そこから短いため息がこぼれた。まさしく幸せが口から逃げていったかのような変化だった。満ちて引いていく、海のような。私は一粒、飴を取り出して彼女の口元に付きつける。


「 くち、ひらいて 」


 私がそう頼むと、少女は飴玉の赤さを不思議がるようにまばたきをして、言われた通りにその口をひらく。白い歯の奥の舌に、私は飴玉を転がした。いたずらされるのは嫌だからねえ、と私は微笑んでみた。少女は数回、ころ、ころ、とその飴を味わい、そのあとすぐに草原に吐き出した。嫌そうに眼をほそめながら指で舌をいじくっている。







「 えんまさま……。これ、埃の味がする 」
「 ポケットにずっと入れてたもん 」
「 うへー。きたないなぁ…… 」




 吐きだした飴を猫が気にしていた。少女は猫を抱きあげてミーちゃんだめ、と叱りつける。飴は唾液で少し濡れて、濁った赤色がそこで光っている。



























































 閻魔と夕子さんの組み合わせに無限の可能性を感じたよ記念。
 もうすぐハロウィンだしそんな感じをねりこんでみようと想ってみたけどなんというか、ちなみそこねた! イカのキャラが一人称からさっそくつかみきれなくて、とりあえず文の方に“私”を用いて、喋る言葉には“オレ”を用いてみました。


 アメを食べさせたのはハロウィンだからってのと、閻魔ってそういえばアメとかチョコとか持ち歩いてる人なんだなーかわいいなーと思ったからです。だけど原作改めて読み返して見たら「食べかけ」……!


 もしこれ食べかけのアメだったら、閻魔が非常にへんt ごめんなさい!









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