そ れ は、 あ る 種 の 自 虐 な の だ と














 軽く押してみたらあっけなくバランスを崩して、かんたんにかさついた地面に倒れ伏した。その姿を虚無な眼で見下ろして、ああ、とひとりでに喉がうめいた。今までわすれていたことを思い出したような気持ちだ。この男は私の絶対ではない。決して、ない。曽良は地に倒れたことをなかったものとするようにさっと立ちあがり、着物についた土汚れを払おうともせず、芭蕉の胸倉を引きつかむ。眉間にしわを寄せて、目をそらすことができないほど近くに顔を寄せる。怒っているのか。怒っているようだ。もともと顔立ちはきれいでも目つきはよくない彼なので、こう凄まれると押しつぶされるような重さがある。恐怖はずっしりと重い。彼のもろさを知らなければ、震えあがってしまったかも知れない。


「 なんの真似ですか。芭蕉さん 」
「 うん、ごめんね。もうしません。許して 」
「 僕はなんの真似だと聞いたんですよ。答えろ 」
「 君が崩れるとしたら足元からだろうなって思ったんだよ 」
「 …………はあ? 」
「 君が崩れるとしたら足元からだろうなって思ったんだよ 」




 同じ言葉を二度繰り返せば、曽良の顔が一層歪んだ。憎んでいて、それでいて何かをこらえる、複雑な歪みだった。その時ちょうど日が暮れ始めたころで、光が朽ちていくにつれて曽良の顔に差す影が深くなっていた。やがて何もかもが見えなくなるのだろが、今はそれはどうでもよかった。
 まったく不思議だ。涙が、出ない。


「 私と君の関係ってなんだろう 」
「 師弟です 」
 曽良の模範解答。そうだね、と芭蕉が口元だけで笑う。
「 じゃあ、今ここで君を破門しよう 」
「 ! 」
「 じゃあそれから私と、君の関係はどうなるんだろ 」




 問いかけるため語尾をあげる前に、左の頬に衝撃が走った。脳が大きく揺れて視界がぶれてしばらく戻らない。叩かれた頬を手で押さえて、痛い、と言う前に頭を踏まれる。曽良は芭蕉を少し見下して、睨みつけて、ぶっ叩いて、問いには答えなかった。涙は出ない。まだ出ない。もう使いきってしまったのだろうか。毎日たくさん流したから、もうかすかすになって干上がってしまったのだろうか。
( ちがう、な )
 違う。使い果たしたのではない。奪われたのだ。今のように馬乗りになり振り下ろされるこの手に、何もかもすべて取られた。曽良があまりにも幼子の如く欲しがり、えぐってゆくので、とうとう自分には何もなくなった。ふと打撃のあとに口内に異物感を感じて、吐き出すと歯がころりと落ちた。
「 立って、下さい 」
「 ………… 」
「 立ちなさい 」
 命令の声色でそう言われて、芭蕉は近くの木へと這いずり、かきむしって身体を支えた。そうやって言われた通り立ち上がった。足ががくがくする。すがりつくものがなければとてもこうしてはいられない。痛みについて何も思えなくても、やはり痛いものは痛い。








「 で、先ほどなんて言いました? 聞こえなかったんですけど 」
「 ん、君を破門したら、みたいなとこ? 」
「 それは、とうとう僕が嫌になったということですか 」
「 そんなことはなかったよ。いつも君は、私にひどくするけどさ、やさしいときは、やさしかったじゃない。それに私みたいにへたれた男には、君みたいな厳しい人がちょうどいいと思ってたし。私は、君がとてもすきだったよ 」
「 あんなことを言われたあとにそう言われても、説得力がありません 」
「 うん、そだね。君の言う通りだ。返す言葉もないです。ごめんね。傷ついた? 」
「 馬鹿なことを 」
「 あいてっ。おしり蹴らないでよ。私ったらこんなにボロボロなのに。歯折れちゃったし。口の中血の味するし。やっぱりひどいなあ君は 」
「 今日のあなたは、少しおかしい 」
「 君のせいだよ 」
「 でしょうね 」
「 ……自覚、あったんだ 」
「 っていうか原因が他にあったら、ムカつくんで 」
「 うん……。君はそういうヤツだよ 」
「 ………… 」
「 ねえ、曽良君。まだ足りない? 」
「 ………… 」
「 まだ、足りない? 」














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