「 もし君が私の息子だったらどうだろう、曽良君 」


 じゃり、と踏みしめる音。徐々に師を追い越し始め遠ざかり初めていた曽良が振り返る。


















手の届かない場所




















「 いきなり何を言い出すんです 」
「 だからさ、もし君が私の息子だったらってふと思っちゃったんだよ。息子にしては曽良君はちょっとばかし大き過ぎるけどさ 」
「 そんなことはありませんよ 」
「 あるよ! こう見えても曽良君くらい大きい息子いるようには思えない程度には若いんだぞ! ピッチピチ! 」
「 そうですか。つまり中身より見た目が枯れていたということですね 」
「 枯れてるって言うなあ! ……ん? いや待てよ。それってもしかして私が落ち着きのあるナイスミドルってこと? 」
「 ………… 」
「 あー、置いてかんといてー! 」


 再び背を向けた曽良を追いかける。その速度には芭蕉に対する気遣いとやらは微塵にも感じられない、何とも容赦のないものだった。もしも芭蕉が転んだり、立ち止まったり、このまま居なくなったりしてもきっとこの速度は緩まない。芭蕉を置いて歩き続けるとでもいうように、土を踏む音がしばらく続いた。




「 ……もしさ、曽良君が私の息子だったら、さ 」
 ふと話を戻す。曽良からの相槌はないが、彼が無口であるのはいつものことだ。構わず続ける。
「 私やっぱり君に、おとうさんって呼ばれるんだよね 」
 曽良はただ静かに歩いている。
「 私がもしおとうさんだったら、君、今よりやさしくしてくれたかな。親御さんは大切にしそうだもんね曽良君って 」
 さくさくと、変わらない足音だけが答えるように鳴る。そんなものなんの答えにもなれないのに。その足音にくらべ芭蕉の足音はひどく不安定で、時折ぐらついて、今にも膝からくずれてしまいそうで。そうなったとしてもこの規則正しい足音は止まることはないだろうな、と曽良を眺めながら思う。


( さすがにおとうさんには、ひどいことしないだろ? 君…… )




 言ってはいけない言葉だ、と瞬間的に思った。言葉を唾液ごと嚥下すると同時に、鈍い痛みをはなつ痕跡たちが疼く。昨日絞められた痕、一昨日打たれた痕、眼の前の男によって所有物の証のようにつけられた傷痕たち。それらを思い出すとわすれていた痛みがよみがえり、じわじわと侵食されて、芭蕉の足は覚束なさを増してゆく。それでも曽良は置いてゆくことを恐れないように歩く速さを変えない。置いていかれることを恐れている芭蕉は恐怖や痛みから逃れるために、少し大きな声で、曽良に聞いた。


「 もし、私が君の父だったら、曽良君はどう思う? 」


 曽良が足を止めた。芭蕉は彼の服の袖を反射的につかんだ。
 いつもなら振り払われているが、このときはそうされなかった。横顔を覗き見ると何やら考え込んでいるようで、視線をそっとそらした。どうせ、いつものように辛辣な返答が返ってくるだけだと、期待するなと、全身の痛みに何度も言い聞かせた。期待しても削り取られるだけだと。
「 芭蕉さんが、父だったら…… 」
 感情をうつさない、憎たらしいほどいつもの声だ。


「 幸せだったでしょうね 」










 だから言われた言葉の意味もとっさに脳に届かず、足が止まってしまった。見かねたらしき彼が呼びかけるまで、何もかもが止まったままだった。その声がなければずっとこのまま立ちつくしていたままだったかも知れない。待って、と投げかける声も心もとなくころりと落ちていく。それでももっと早く追いつけるように、曽良に手を伸ばす。曽良は足を止めてこちらを見ていた。ああ、どうして自分は待ってくれないだろうと思っていたのだろう。おいていかれるなどと、どうして思い込んでいたのだろう。こんなにも、彼はやさしいじゃないか! ( 死んじゃいそうなくらい幸福、だ! )
 やっとのことで追いつくと、また何事もなかったように歩き始めたので、芭蕉もそうした。こみ上げる嬉しさに涙をこらえた。しかし傷痕はまだ痛くて歩くのがつらい。曽良の言葉は嬉しかったが、悲しくもあった。その幸福は決して手に入らない、例え話にしか過ぎないものだ。泣かないようにできるだけ息を止めて歩いた。























曽良デレがほしくなって自給自足しました。まだ足りません。


この話はこんな感じですが、実際親子だったとしても曽良くんはひどいといいです。親子のときのこの人らはもうどろっどろでいいと思います。どろっどろ! どろっどろ! どろっどろ!! (コール)


パラレルって!(パン)

いいよね! (ペスン)







title by 慟哭




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