「曽、良君……」
「何ですか」
「私、何か、したっけ?」
「そういう事は自分の胸中に尋ねるものです」
「曽良君」
「……何ですか」
「ごめんなさい……」
「謝ってほしいわけじゃありません」
「痛っ、痛いぃ……。痛、ごめ、ごめんな、さ」

 うげ、と喉を締めあげられてうめく。殺されるとするなら今この瞬間だと、頭をよぎる夜を何度越えて来ただろう。そのたび今日は駄目かも知れないと思う。今日こそは、この弟子に殺されるかもしれない。ゆったりと座りこんでいた曽良君が腰をあげる。首に結ばれた縄で吊るすように手を高くあげていく。がむしゃらに酸素を求め、吸えないのならばせめて舐めとろうと舌を突き出すが、意味をなさない。ただ滑稽なだけで。
 こう、部屋が暗いと曽良君の表情は全く分からなくなる。眼球や髪色が同じように暗く沈むせいだ。腕に自由を許されたなら、顔を覆ってすすり泣いた。後ろで縛られた両の手首から縄にこすられ焼ける。いったいどんな顔で見下ろしている? このような無様な私の姿を。

 ふいに吊るしていた縄がゆるみ、呼吸をすることができた。酸素がやっと吸えたので、がっつき過ぎて咳が吹き出した。苦しみにまた泣きながら、私は常にこうやって、曽良君の手のひらからこぼされるわずかな慈悲で生きているのかもしれないなんて、思ってしまう。
「何呆けているんですか」
 つま先が胃を直撃する。遠くへ行きかけた思考が引き戻された。「い、きゃあっ」高い悲鳴に彼の声がぐっと重いものへと変わる。私の髪を引っ掴んで、これが折檻の前触れだと教えるように、
「何ですか今の女のような声は。薄気味悪い」
 吐き捨てて、もう一度つま先で腹を蹴る。声を出す前にもう一度、息を止める前にもう一度、幾度も、幾度も、蹴り飛ばす。気持ち悪い、と言われるたびに痛みが遠ざかる。お腹を潰される。身体が私のものじゃなくなる。痛さをわすれる。だんだん悲鳴をもらさなくなった私にじれるように、曽良君が私の頬を引っ叩き、そこで蓄積された痛みを思い出した私、は、

「あ、」

 絶望的な悪寒のようなものを感じて震える。

「ああああ……、あああ、ああ、あ」

 口からまぎれもない悲鳴が溢れる。震えているのを通り越して体が痙攣するように、がたがた。がたがたがたがた。がたがた。崩れていくかのようにうごめく。喉に絡みついた縄の存在を忘れ、とっさに身体を折りそうになるが、できなかった。


「うあああああ、あ゛、あ゛っ、ああ……え。ええええええええええぇぇぇ!!!」



 胃に入っていたものが喉を通りぬけ一気に噴き出した。とっさに後退ったのか、曽良君の手から縄が滑り落ちて、私は床に這いながら、涙と胃液を流した。泣いているのか吐いているのか分からなくなるほどだった。吐瀉したもので衣服も濡れ、私はぐちゃぐちゃだった。いや、もうとうの昔にそうだったか。
 しかしそんなものはどうでもよくなるほど救いのない事実が目の前にある。全身の血の気が引いた。曽良君の着物を汚してしまっていた。






 足がまともに動かない。手も使えなくて立ち上がることはできない。こんな状態で逃げてもたちまちつかまって結果は同じでも、逃げたい。逃げてしまいたかった。曽良君の表情が見えない。
「ごめんなさ、い。曽良君……、よご、え゛っよごし、て」
 嗅覚が麻痺するほどの吐瀉物にまみれて、なおそれらを吐きだしながらも、慈悲を期待する。一欠片の慈悲を期待、する。どうか許して。殺、さ 、 な い、で。
 雲が晴れたか月明かりが当たり、曽良君が照らされる。ああ君は綺麗だね。本当に綺麗な人だ。笑ってなくて、本当によかった……。





 もう一度曽良君はしゃがんで、両手を私の顎に添える。身体が凍りついていく感触を覚えながらきつく瞼を閉じる。この手に殺められると今度こそ思った。首をぐっと持ち上げられ、ひそやかな熱さを感じてから私は口付けられていると知った。ひどい味がするだろうに、その舌は口内の暗闇の中、私を望むように追ってきた。もう一度涙が出る。私はこの舌に悲鳴を盗まれてゆく。















 ちょっとくらいエロにしてもいいよ! と、そばなしの神様がおっしゃったんです。(変なキノコを食べてしまいましたか?)
 そんでもって、えろい芭蕉さんってなんだろ……。と考えた末「ゲロ! 芭蕉さんゲロ!」という結果になり、こうなりました。言うなれば芭蕉さんをいじめて吐かせたかっただけです。すみません……。いじめられて泣く芭蕉さんはいいものです。吐けばもう文句ないです。
 ワンクッションを置いたくせして、割とぬるめで失礼いたしました。

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