※暴力表現あります。





 見上げる目線が宙をうろつく。危ない眼差しだ。在りもしない蟲を目だけで追うような。先ほどまで芭蕉さんは叫んでいたはずだった。血を吐き出しても不自然じゃない勢いで、声を嗄らしそうになりながら下らないプライドもすべて捨てるみたいに、情けなく僕へ謝罪し続けていたその声は何時止んだ。もう思い出せない。何度も木の幹に皮膚を削られた顔面から血が垂れて、芭蕉さんの着物に落ちる。滲みながらしみこんでいく。
 首根っこにある手を離すべきかもしれない。理性は幾度となくちらつくが、身体が言うことを聞かないのだ。何もかも失う予感を遠くに感じながら、もう一度、芭蕉さんの髪をわし掴んだまま木へと打ち込んだ。悲鳴はない。ただ、血が流れている。その滴を追いかけるように、涙も一筋垂れていく。ああ、まだ涸れてはいなかったか。


 思っていたより腕が疲労していて、ほとんど無意識に芭蕉さんの髪が指の間を滑り落ちた。ごん、と額をもう一度うちつけた音がしたかと思えば、そのまま額を削りながらずるりと横たわる。瞼は開かれていても、相変わらず目線はさまよい続けていて意識が正常とは言い難かった。死なせてしまったかと一瞬思い、数回名前を呼ぶ。頬を軽く叩くが反応はない。口元に指先で触れた。呼吸はしている。しているけれど。

「息をしていても、叩いても呼びかけても反応しないなら、死んでいると同じですよね」

 芭蕉さん、と呼びかける声は、他人のもののようにうつろで、語りかけるというよりは独り言に近いものだ。今の芭蕉さんはただ涙と血を流すだけで、生きているだけで、息をしているだけで、屍に等しい。この男が絶叫していた最中に高揚していたものが冷めていくのは心地よいが、そのまま全てが無になっていく虚しさがある。だけど僕はもうここまでやらなければ満足できない。殺すまでやらなければ治まらない。
 芭蕉さんの口がぱくぱく動いた。涎と血が混ざりあった半透明の液体が地面へと伝っていく。汚いな、と思いながらも何か言っているのかと耳を傾ける。声は聞こえない。胸座を掴み、頬を叩く。聞こえない声になど何の意味もない。薄く開いていた瞼すら閉じられ、芭蕉さんが完全に意識を失くした。本当にもう動かなくなった。呼吸が止まっていてもおかしくならないくらいになって、ようやく安心できた。息を吐けた。呼吸をやめてしまっていたのは僕の方だったのだ。




















 公式でサディズム全開の曽良くんだし……ちょっとくらい! と思ってしまいました。
 少しくらいおかしな所があるくらいが、人間いいと思うんです。失礼しました。








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