※ぬるめですが、暴力表現や、血の描写があります。













 かん高い音が響いたあとに、焼けつくような痛みを感じる。あちこちの打たれた皮膚が、火傷のように赤く火照る。触れても何も感じない。じくじくと続く痛みに景色が歪んでいく。歪な視界の向こうに、もう一度手を振り上げた曽良が映る。振り上げた手は、もう一度振り下ろされる。もう一度皮膚が焼けるように痛む。

 曽良の腕は細いが、骨と皮だけの芭蕉の腕のような脆さはない。必要なものはすべて持っていて、無駄なものが一切ない力強さには、同じ男として憧れ、そして見惚れずにはいられなかった。その手を見るだけで抵抗など意味はないといつも思い知らされた。透けるように白いその肌には赤色がにじんでいる。怪我をしているのかも知れないと心配になって手を伸ばすと、ぱたぱたっ、と、赤い滴が足元に落ちた。流れた血は芭蕉のものであった。自分が血を流していたことに気付かないくらいに痛みが肌に馴染んでいた。
 どこに傷があるか分からない芭蕉に答えを告げるように、曽良の指が傷口に触れて、ぴりっとした痛さに身がすくむ。出血していたのは左のこめかみだった。

「最初殴った時に吹っ飛んだでしょう。きっとその時ぶつけたんじゃないですか」

 悪意もない、無機質に近いその声が恐ろしい。どこまでも凍りついていて、身動きを奪う声だ。どこまでも追いかけ、芭蕉を縛りつけて、逃亡を許さない声だ。血の流れる部分に手を当てて、それが汚れることすら厭わないこの弟子の何もかもが見えなくて、泣きだしてしまう前触れのように目の奥が痛む。しかしそれすらも許してくれない気がしたから、呼吸を止めて飲み込んだ。
 そうしていた時間は長くはなかったが、血はその間に固まって、曽良の手が離れる時、べりべりとはがされる痛みがあった。再び血が流れ出したのが今度はちゃんと解った。曽良の手は真っ赤になっている。それを見せつけるようにこちらに示している。

「芭蕉さんの血ですよ」
「うん…………。ごめ」

 手が汚れたことを責められるのかと思い、考える前に謝罪を口にしようとして、それは途切れた。目の前の曽良が手のひらに舌を這わせるのを見たら、硬直して動けなくなってしまったからだ。紅を引いたように口元が赤くなる。曽良は男だ。なのに、この鬼気迫るほどの美しさはなんだろう。恐れとは違う感情で、胸が締め付けられそうになるのはなぜだろう?

「でも今は、僕の血です」

 抑揚のない声が、少しだけ幸福そうな響きを孕むのを感じた。
 先ほどまで壊す勢いでふるわれたその手が、今度はいたわるように芭蕉の身体を抱きすくめる。曽良の腕の中で先ほどと同じように、何もできずなすがままになっている。危ういな、と思った。なんだか全てを許してしまいそうだ。






うつくしく、


       艶やかな血。












×××