近場の茶屋にて。
 暫し旅の途中に休息をと、松尾芭蕉とその弟子、曽良は茶菓子を味わっていた。

「ねえ、曽良君。それ一個くれない?」
「嫌です」
 曽良の手にある串団子を指差した芭蕉のずうずうしいお願いは、見向きもされず却下された。予想通りとも言える即答だった。

「芭蕉さんはもう全部食べたでしょう」
「うん、食べちゃった……。美味しかった……」
「じゃあもういいじゃないですか」
「でも私のお金だし、曽良君のお団子の方が高いし、餡子入ってるし、本数が心なしか多……」
「…………」
「ご、ごめんなさい」

 芭蕉が食べた後の串と、曽良の持っている団子の数を数えてみれば事実は一目瞭然だったが、目線だけをよこした曽良を前にしてそれ以上の追及は出来かねた。いつまで経っても怖弟子のこんな視線だけはどうも苦手でならない。この目で見られるだけで断罪チョップの痛みがよみがえる思いだ。
 それでも未練がましくもの欲しそうな視線を注いでくる芭蕉に耐えかねたか、曽良はわかりやすいほど大袈裟にため息をつく。気の所為ならいいのだが、舌打ちが聞こえたような。師匠に向かってそれはありえないだろう。
「分かりましたよ芭蕉さん。一つだけですよ」
「ちぇ、曽良君のケチ……、って、え、え? いいの?」
「ええ。一つだけですよ」
 半ばあきらめていた心では予想もしなかった弟子の譲歩に、芭蕉は年甲斐もなく舞い上がりたくなった。この弟子はきつい言動と眼差しのせいで普段は鬼の如く恐ろしい者のように感じていたが、稀に感じるこの優しさに触れるたびに、そういったものは全て自分が勝手に抱いていた誤解だったんじゃないかと思う。

「じゃあさっさと口あけて下さい」
「うん! あー……」
「いきますよ」

 よ、と言い終わるか終わらないかのその一瞬、曽良の手が消えた。再び現れたかと思えばその手から団子が消えていた。何が起こったのか把握できなかったせいでゆっくりした頭で、曽良が茶屋の娘に礼を言うのを見てから、芭蕉は自分が息をしていないことに気付いた。だんだん酸素が欠乏していくのを感じて、急いで呼吸しようとするが、できなかった。曽良の投げた団子が、喉につかえていた。
「が、ご、ぞ……そ……」
 汗が吹き出る苦しみに、のたうちまわり涙を流しながら、手だけを懸命にのばして茶をすする曽良に助けを求める。
「さて、十分休みましたし、そろそろ行きますよ芭蕉さん」
 芭蕉はそれどころではない。
 しかし曽良は芭蕉の異常を気に留めるつもりすらないようで、身支度を整えて茶屋を後にする。意識が徐々に曖昧になり、遠ざかる背中が白くぼやけていく。死ぬのだな、と思いをはせる。


 マジで死ぬ 恨んでやるぞ 鬼弟子よ。




 意識が掻き消えるか消えないか、その寸前曽良に聞かれようものなら本当に止めをさされかねない句が心に浮かび、散っていった。













「本当に駄目かと思ったよ! もーこんなに死を間近に感じたことって初めてだよ! 松尾プンスカ!」
「生きててよかったですね、芭蕉さん」
 まるで他人事のようになげやりな口調で幸運をたたえる諸悪の根源であった。
「まあ流石に死ぬ直前になったら助けるつもりでしたが」
「え、君、もしかして気づいてた……? じゃあ最初っから助けてよ! なんとか今日は気合で飲み干したけど、本当に死ぬかと思ったんだよ!」
「そうですね、今度から詰まらせてから四分後くらいに助けようと思います」








(この弟子はきつい言動と眼差しのせいで普段は鬼の如く恐ろしい者のように感じていたが、稀に感じるこの優しさに触れるたびに、そういったものは全て自分が勝手に抱いていた誤解だったんじゃないかと思う)


 正確には口にしてはいないが、前言撤回。優しいところがあることだけは認めるが、この弟子は本物の鬼だった。





走馬灯団子。











※息止まって四分も経ったら助かる見込みはたぶんありません。
私の書く曽良君とかもそうですが、なによりタイトルがひどい。




×××