今日は天変地異が起きるのではないかともっぱらの噂だった。

「本当に大丈夫、なんスか? この書本当に重要なものなんで変なこと書いたりミスったりしないで下さいね?」
「書かんしミスらんわ! いいから早く貸しやがれ! それでこれを書いたら隋からの使者と会えばいいんだな」
「本当に本当に大丈夫なんですか? 今からジャージに着替えて遊びに行っちゃダメですよ?」
「大丈夫だって言ってんだろ! もぉ!!」


 その噂もすべて日頃の太子の行いのせいだった。その日、奇跡は起きていた。今目の前にいる冠位十二位の男も、冷や汗をかきながら重要であるという書をいまだ太子に渡しかねている。まるで太子を信用しない目つきで。
 昨日まで青ジャージをまとって遊び呆けていた聖徳太子は、今日になり突然正装に身を包み始め真面目に仕事をし始めた。驚くのは当然のことだが朝廷内のリアクションは割とすごいものだった。まさか医者まで呼ぶなんて。

 書を書き終えて太子が筆をおく。男が奪い取るように書き終えた書を手にとって、目を凝らして一文字たりとも読み逃すものかとの勢いでチェックする。
「まとも、ですね……」
 失礼な。






 これから隋の使者に会わんと、廊下を歩く最中仕事中の妹子を見つけた。
「お、おーい! 妹子見ろ! 妹子ーーーー!!」
 丁度いいとばかりに両手を振りまわして妹子に声をかけると、彼が気づいてこちらを見た。
「あ、おはようございます太子」
 社交辞令としての会釈の後に、
「ってええ! 太子!?」
 思い切り二度見された。


「どうしたんですか太子。何か変なものでも食べたんじゃ……」
「それ言ったのお前含めて七人目だよ。それよかホラこれ見ろ! どうよ」
「どうよって……。その、ちゃんと、してますね」
「パンツも今日は穿いてるんだぞ!」
「見せようとするな! へー……。そうしてると本物の聖徳太子みたいですね」
「最初っから私は本物の聖徳太子だよ!!」
「そうか、この朝から降り続く吹雪は太子のせいだったんですか」
「え、雪降ってんの? ウソォ……。どうりで朝から寒いと……」

 妹子はしばらく珍しいものを見るように、太子の正装を見つめ続けていた。実際ひどく珍しかった。ずっと何も言わない妹子になんだかじれったくなって、必殺技でも食らわしとこうかな何となく、と思っていたところ、妹子がやっと口を開く。
「よかった……。たにはまともに仕事するんですね……」
 安堵したように笑った。
 悪意がなくて愛想笑いでもない、普通の笑みだった。


「太子、そろそろ隋の使者が待っていますから」
 半歩後ろについていた男が遠慮がちに太子に声をかけるが、太子の耳には届かない。
「あ、そうだったんですか。どうもすいません。じゃ、ちゃんとその調子で仕事してくださいね太子」
 妹子の言葉も立ち去る背中すら上の空で、太子は固まっていた。







「あの、太子ー?」
「妹子が」
「へ?」
「キャッ」
「キャ?」
「ッッッッッホーーーーーーーーイ嬉しーーーーーーーーーーい!! 隋の使者に会ってなんてられっかーーーーーー!!! オリャーーーーー!!!」
「え、ええええ!? ちょ、コイツ下にジャージ着てやがった!! ちょっと、待ってください太子ーーーーーーー!!!」


 雪がやんだ。











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