わたしの身体はまっ平らで、背はこれから伸びるだろうけど、あの人を見上げるには首をめいっぱいあげなければならないほどに小さい。まだ数えるほどしか生きていない未成熟な身体を置いてわたしは大人になろうとしている。壁にかかった振子時計がかちかち音を立てて時をきざんでいる。フリッピーさんはまだ、来ない。彼は時間をやぶらないから、もう間もなく訪れる。焼きあがったばかりのチョコチップクッキーも、焼きたてのパンも、甘さ控えめのストロベリージャムもテーブルに乗っかっている。

 約束の時間の五分前、ドアが叩かれた。わたしはすっと立ち上がって、ドアを開く。ドアの向こうには優しく微笑むフリッピーさんがいて、いつものように敬礼するから、わたしはつられてしまう。だけどこれは悲しい癖なのだ。
 それでもわたしは笑ったままで、彼を部屋の中へと招く。テーブルに向かい合って座ると、彼は少し照れくさそうにまた、笑う。わたしはその笑顔の中に彼の面影を探してしまう。フリッピーさんとは似ても似つかない、なのにそれらはきれいに重なる。涙をぎゅ、とのみこんだ。なぜだか謝ってしまいたくなった。
「とてもおいしいね。ペチュニア、これ全部君が作ったのかい」
「そうよ。わたし、フリッピーさんがおいしそうに食べてくれたらって思うとわくわくして、つい作り過ぎちゃったの」
「チョコチップクッキーは元々大好きだけど、中でもペチュニアの作ってくれたものは絶品だ」
 嬉しさがこみ上げるたび、ごめんなさい、とわたしは心の中でつぶやく。彼は私の作ったクッキーも、パンも、おいしいって言ってくれている。ごめんなさい、フリッピーさん。ごめんなさい。こっち向いて笑う。笑う笑う笑う。それを見ないようにわたしは、紅茶を入れるために席を立つ。フリッピーさん、ごめんなさい、ごめんなさい。わたしの見たい笑顔がそれじゃなくて、本当にごめんなさい、フリッピーさん。


 そのときわたしは手をすべらせた振りをした。ストロベリージャムが、テーブルを赤色の塗りかえていく。彼の軍服の袖にまで浸食して、彼の手から食べかけのクッキーが落ちた。フリッピーさんの額からぶわっと汗がにじみ出る。甘酸っぱい匂いが立ちのぼり、彼は椅子から転げ落ちた。こんなにも、こんなにも震えて、真っ赤なストロベリージャムに怖気づいて悲鳴をあげる。赤黒いストロベリージャムは血によく似ている。フリッピーさんは頭を抱えて、足をばたつかせて、目つきがどんどん様変わりしていく。そして口元に描かれる三日月。ああ、わたしはその笑顔が見たかっ、た。
















 わたしの身体、やせっぽちでしょう。胸とか全然なくて、背もちっちゃくて、色気ないこの体はあなたにはものたりないと思うけれど、首がちょうど上手い位置にあるね。とても殺しやすいでしょう。ああ痛くて悲しい。あなたの顔がどんどん遠くなるのが悲しい。だけど、あなたに逢いたかったの。どうしても、あなたに逢いたかったの。
「愛しているって言ったら、びっくりする?」
 わたしの首をじわじわと締めるその腕の持ち主は、答えずただにやついたままだ。



(少女の身体を置き去りに死ぬ前に何度も大人になっていく。わたしは死すら厭わない愛を知る)





















いつか書いていたフリペチュのお蔵入りにした部分が見つかったので、どうせならと大幅に書き直して、書き直した途中「覚醒軍人のことをすきなペチュニアとかいいのっになー」とか思ってしまったから、まったく違うものになりました。童女が大人になる瞬間って、いいよね!




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