※嘔吐とか殺傷とか、そういうの。


 さあ、声はどこからだ。どこから聞こえている。エモノを見逃してやるつもりはどこにもない。さあ、声は、声はどこから。

「どこから、聞こえている?」

 声は響かずそこを通り過ぎた。フリッピーがそう言った瞬間空気が張り詰めたのは、誰かが息を殺したからだ。この広い家では只今性質の悪い隠れん坊が行われている。フリッピーが鬼。鬼は隠れん坊のルールを、「鬼に見つかって殺されたら負け」と勝手に変更した。変更されたルールは宣言せずともその場にいた生き残りたち全員に伝わっている。





 クローゼットの中でフレイキーが息を殺していた。
 みんな死んでしまった。きっとみんな殺されてしまった。生き残りはいるのかいないのか、ここからじゃ分からない。だからといって外に出て確認するなんてことは許されちゃいない。出たらフレイキーは鬼に殺されてしまう。みんなが食われたようにフレイキー自身も食われてしまうのだ。絶対に嫌だ。嫌だった。フレイキーは死にたくない。死ぬのが怖い。だから両手で口を塞いで、身体が震えないように縮こまって、息を潜めていた。

 外でまた誰かがひとり刺殺された。見てはいないが、そういう音は嫌でも聞こえてくる。(神経を尖らせている所為である)
 誰かの断末魔の声が止んだあとフリッピーの(彼らしくない、下品な)笑い声が続いた。血の臭いがここまで届いて、胃がひっくり返りそうになって、口元と喉元を押さえた。胸焼けが収まらない。だからといって、吐いてしまう訳には行かない。うめき声がもれてしまうし、臭いがしてしまう。ここの居場所が彼にバレてしまう。

(ダメ、ダメなんだ、吐いちゃ、吐いちゃ、ダメだ)




 足元がフレイキーの吐瀉物まみれになった瞬間にそれは近付いてきた。(ほら、言わんこっちゃない!)殺しに来た。近付いてきたのは、足音だった。足音がフレイキーのいるクローゼットへと、ゆっくりとにじり寄ってくる。まるで中にいる人間の反応を楽しむような速度。こういう時どうすればいいのだろうか。神様にでも祈ってみる? そんなもの、何の特にもならないのに?
「……フレイキー?」
 戸が開いた瞬間フレイキーは悲鳴をあげかけたが、すぐに喉の奥に引っ込んだ。自分を見つけ出した鬼は想像よりも少し様子が違っていた。身に着けた軍服は返り血塗れでどろどろになっているものの、目つきが、やさしいフリッピーだった。
「どうしたんだ。こんなところで、そんなにふるえて……。可哀相に」
 声色はフレイキーを気遣ってすらいた。頭を撫でた血濡れの手があんまりやさしいので泣きたかった。彼はどこか朦朧としていて、自分に付着した返り血に気付いていない。
「大丈夫です、あなたも、僕も、悪い夢を見ていただけ……」
 歩けるかいと尋ねたフリッピーにフレイキーは平気です、と口元を乱暴に拭いながら答えた。そう、夢にしてしまおう。最悪な隠れん坊は夢の中で起きた出来事としてしまおうと思う。

 ……その後二人は部屋を出て、フレイキーは、後始末が済んでいなかったことをすっかり忘れていた。


 凄惨なものだった。友人たちの血まみれの死体が、散らかされていた。壁には血が塗りたくられている。一面のまっかなせかい。フリッピーは目を丸くして呆然としたあと、死体にかけよった。彼がかき集めたのは誰の腕か、分からないくらいそれは赤かった。やがてフリッピーは自分の軍服と肌に付着した乾き始めた血に、気付いた。
 逃げていればよかったのだ。あのとき、フリッピーがクローゼットを開けた瞬間に、逃げ出していれば。くくくくく、と喉で笑うような声がする。ああ、あの時、逃げ出していれば。
 懐からナイフを取り出したフリッピーが刃先をこちらに向ける。

「さあ逃げろ俺の獲物。隠れん坊の再開だ」



(そしてこのはなしは振り出しにもどる!)










リバース! リバース?

フラッシュバック!!










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