※801です。暴力あります


 その日の彼はおかしな目をしていた。覚醒しているともしていないとも言えない複雑な色を携えて、ゆらゆらと浮いているような足取りをしていた。挨拶をしてみたら言葉もろれつが回っておらず、私は妙に嫌な予感がして彼に近付いてみるとその理由をすぐに悟ることが出来た。薬の、においがする。
「やなゆめを、みるんだ」
「……そりゃそうだろうね」
 バッドトリップって言葉を知っているかいフリッピーくん、と続けるのはとりあえず控えた。フリッピーくんの手は血に濡れたナイフがかたく握り締められていて、私の出番はもう過ぎ去ったことを知り肩をすくめる。ヒーローは誰かを救うために飛び立つが、救われなかった人をどうにかしたりはしないのだ。私の視線に気付いた彼は肩を少し揺らして笑い、「ケチャップがこぼれて、そっからわけがわかんなくなったんだ」と自嘲気味に笑った。どうやらほんの少しの正気くらいは残っている。

「ゆめをみる。なんどもなんども」
「よくない夢を?」
「よくないゆめを」
「何度も、何度も?」
「なんども、なんども」

 視線はあちこちを泳いでいて私に定まったまま留まることはなかった。彼は何度も何度も、“なんども、なんども”を繰り返していた。言葉を生み出す何かが薬でパキ、と壊れてしまったのか? そう疑うほどだった。私は常時装着している赤い覆面を外した。素顔を見せるのはヒーローにあるまじきことだが、ここには彼しかいないし、彼は私の顔など恐らく見ていない。問題はなかった。
 失礼するよフリッピーくん。私は礼儀として彼の耳元でそう呟き、覆面を彼の首に巻きつけたあと思い切り締め上げた。彼を救うにはこうするしかないとヒーローの直感が告げたのだ。彼は目を見開きとっさに抵抗しようとしたが、私は彼を蹴り倒して背中を踏みつけ、覆面を引っ張る。ぐう、と喉からもれたうめき声は、もう一人の彼のものだった。この位置から確認できないが今の彼の瞳の色は緑がかった金色だろう。





 手を離した頃にはフリッピーくんはもう動きやしなかった。胃液に薬が混ざった臭いが辺りに漂った。私は彼の瞼を閉じ、自らも目を閉じて黙祷した。フリッピーくんは死んでしまったのだ。結果的に私が殺してしまった。しかし、かなしむ必要はどこにもない。明日になれば彼も彼が殺した誰かたちもみんな当然のように生き返って、楽しい時を過ごすだろう。そして残酷な終わりを迎えてそれを繰り返す。そう、何度も何度も。










Time After Time.









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