殺されるのかなあ。予感だけがいつも先回りをする。フケだらけの赤い髪をした子供はいつまでたっても臆病者である。彼女は臆病者ゆえに、「やあ、こんにちはフレイキー」というフリッピーの社交辞令がまるで死刑判決のように思えるのだ。こ、こんにちは、軍人さん。返した挨拶もこのように震えてしまう。彼はとてもやさしいので、フレイキーの不安はただの杞憂に過ぎないのだけれど。(ただし彼を覚醒させてしまわない限りは)
「今日はガドルスと一緒じゃないのか」
「はい。何となく今日は一人で歩きたくて」
 言ってから後悔した。拒絶されたと思われなかっただろうか。フレイキーはフリッピーのことが恐ろしい。繋がりを深めてしまうことに怯えるくらいに彼が怖くてたまらない。だがそれは決して、彼を嫌っているわけではないのだ。しかしフレイキーのそれはただの考えすぎに終わった。彼はなんともない顔で「ああ分かるよ。そんな気分の時もあるね」と大人らしい無難な返答を返してきた。

 じゃあまた。軍にいた頃の癖なのか、フリッピーは軽く敬礼をする。そのまま二人はすれ違って、誰がみたって自然な別れが訪れる。フレイキーは足を止めてフリッピーの背中を暫く見つめたあと、駆け足で追いかけた。「軍人さん」迷彩柄の袖をつまむとフリッピーがぱっと振り向いた。
「どうかしたのかい」
 フリッピーは驚いていたがそれ以上にフレイキーも自分の行動に驚いていた。なんてばかなことを! と自分を怒鳴りつけたい気持ちにさえなった。このまま普通でいられるうちに別れておけば、こうして苦い沈黙を舌の上で転がさなくてもよかったものを! おろかな自分のミスを呪った。首をかしげるフリッピーに、へら、と愛想笑いをするしかなかった。

「フレイキー」
 フリッピーが沈黙をやわらかくこわす。
「逃げていい」
 やさしい彼のままの声で、フレイキーにゆっくりと告げた。
「逃げていい。おれが怖いなら、逃げてくれたっておれは構わない。逃げていいよフレイキー。おれは君を追いかけたりしないから」
 彼のその言葉に吐き気がしてくるくらいの後悔と、罪悪感で喉元を掻き毟った。気付かれていた! フリッピーを恐れていることを気付かれてしまった! フリッピーはフケだらけでばさばさのフレイキーの髪を触って撫でた。フレイキーの髪にはトゲがあることを知らないはずがないのに。
(ああ、軍人さん。やだよ、やめてよ、危ないよ。手を切ってしまうよ)(つらいんでしょう? まだ血を見るのは)

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………。ありがとう」

 今彼をおいていけば、足元からがらがら崩れてすべてが壊れて二度とこんな風にこんにちは、とか言ってくれなくなる気がして、だから立ち去れなかったそれだけなのに、フリッピーはありがとう、って言った。ありがとうなんて、言われる資格ないのになあ、と思いつつ、フレイキーは逃げ出さなかった。それは事実だ。逃げ出さずに、何もしないなんて卑怯なことを、した。しかしフリッピーが彼女を責めない。


(だからこうして二人で沈黙していれば、時間はいやでも穏やかに進む)









終わりがくるまでいつまでも。








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