※801です。
※血とか出てきます



「しかたなかったんだ」

 海だった。真っ赤な海が、部屋中に広がっていた。どろどろの液体が床に滴り壁に飛び散って、彼すらもそれに汚されていた。ぬいぐるみを抱きしめて彼は震えている。スプレンディドがこの部屋に入る前から、恐らく彼はずっとそうしていた。
「しかたなか、った。そう。仕方なかった。だれかがおれを殺そうとした、から。だって銃声が聞こえたんだ。ばんばんばんって。いちどじゃなかった。たくさん聞こえた。おれは撃たれたくなかった。死にたくなかった。死ぬのがとてもこわかった。銃で撃たれるのがこわかった。ナイフで刺されるのがこわかった。こわかったんだ。それだけ、なんだ。だけどこのこたちはわるくない。このこたちは、おれと、こんな、おれとあそんでくれたんだ。銃声さえ、銃声さえ聞こえなければ……。おれが聞かなければ」
 彼の目から落ちた涙は、頬の血痕と混ざって赤くなった。スプレンディドは血の中に沈む黄色や緑や青を見た。風船の残骸だ。恐らく彼はこれが割れた音を銃声だと誤認したのだ。まだ戦場にいる気でいる彼の頭は、破裂音と銃声の区別がつかなかったのだろう。それゆえに彼は、フリッピーは、殺してしまったのだ。先ほどまで笑顔でフリッピーと遊んでいた彼らすら敵と間違えて全員殺してしまった。ただ、自分の身を守るために。不幸な話だ。本当に不幸な話だった。

「時間が戻ればいいのに。おれがこのこたちをころすまえに戻ればいいのに。おれがこのこたちに会うまえに戻ればいいのに。おれがあの場所にいたころに戻ればいいのに、ああ、そうだ。いっそ、あの場所で、おれはしんでいればよかった。てきにころされていれば」
「その辺でやめておきたまえ、フリッピーくん」
 スプレンディドでようやくそこでフリッピーの言葉を遮った。正直腹を立てている。彼を怒鳴りつけたいほどの気持ちだったが、フリッピーを諌める声はなぜか妙にやさしげなものになっていた。フリッピーは何度もうわごとのように戻したい、時間を戻したいとつぶやいていた。同じ時間を繰り返すみたいに。
 君が望むならそうしてもいい。
 スプレンディドはその言葉を口に出しかける。実際時間を戻すことならできる。ただほんの何万周ほど地球を逆戻りすればいいだけだ。だけど結局言わなかった。自分は(自称)正義の味方だが、それが正しいかなんて分からなかった。(そんなことは多分初めてだった)





「フリッピーくん、君はもう眠った方がいい。ゆっくり眠っていいんだ、ここはあの場所じゃないのだから」
 そして願わくば、少しでも許されればいい。フリッピーは取り返しのつかない過ちを犯したが、ほんの少しだけゆっくり眠ることを許されればいい。ここは戦場じゃない。過去に彼が死に物狂いで生きていたあの場所じゃないのだから。
「……せめて君くらいは、君を救ってやってもいいと思うよ、私は」
 屍だらけの部屋を見回して、スプレンディドはひとりごちた。








誰も彼を救えないのだから。








 英雄軍人でした。
 801ネタなので裏でも作って隔離しようかと思ったのですが、よくよく考えてみれば今までの話もそれほど健全じゃないし結局表に載っけてしまいました。パンのために地球逆回転する英雄とくまのぬいぐるみだいてガクガクしてる軍人にもえた結果です。かわいいよねこいつら!






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